最近のネットには色んな情報があるが、独自にデータ蓄積をしなければ


もうネットで遊び始めて長くなってきたが、近頃はサイトをやっていると云うよりは、ブログに投稿することが主体の、愚だ愚だとした文章を流すばかりになっている。もう10年程前、初めて自分のサイトをつくろうとした時は、どんな分野をどんなシステムで情報を整理するのか、なんてことをあれこれ考えていた。企画構想に力を入れていたのが、最早忘れかけている。ここでやっていることももっと有意義にしたいと思っているし、建築の話を書ければと思うが、どうもそちらに気が向かない。

しかし、ふと建築のサイトを見て回っていると、建築物のデータベースや建築関係のリンク集を整理したところへ行き着いた。建築思草 http://www1.vecceed.ne.jp/%7Ey-satoh/architecture/ というところだ。かつては自分自身が目指していた方向を、人のところで見つけたのは久しぶりのような気がする。幾つかのページを開けたが、結構な情報量だ。

その一方で、何故かもうひとつ気持ちが踊らないのに気づいた。何故だろう? 何故面白いと感じないんだろう? 何故このリンクのひとつもクリックする気にならないんだろう? そう考え始めた。

普段は Google を始めとする検索エンジンを使うのがほとんどだ。URL を短期間で変えたり、サイト自体が消えてしまうことも珍しくないから、リンク集は当てにできないと思っているからだ。画像も検索できるし、今日辺りからは、出版物の全文検索 http://print.google.com/ も利用ができるようになっている。

そんな状況で、果たして個人のある一定期間の作業が、たまたまそこを訪れた者にとって、どれほど使えるのか。見通しは明るくない。一旦検索エンジンのクロールにかかれば、後は中身次第で利用者が増える。だとしたら、どんな情報が望ましいのか、と云うか、それも目的によるのだが、どんな情報だとネットに貢献できるのか。そう考えると、ユニークな情報が望ましいように思える。特徴的で限られた範囲であっても、そのスコープのあてどころが斬新であり、その範囲内を十分に調べ上げてあると、人によっては凄く有難いものとなりそうだ。

早い話が、有り触れたスコープなら検索エンジンの方が便利だから、狙いや主義主張のある情報がいいと思っている。しかも、出来ることなら、その人ならではのコメントがあって欲しい。整理の方法や見せ方も特徴に合わせて選んで欲しい。とても偏っていて他に転用が利かないほどに。勿論、上手く出来ていなくては不味いが、綺麗に整理されていても、特定の方向に特化しているのがいいだろうと思う。

本来、情報は必要な人が、その必要、目的に合わせて収集編纂しなければ、使えないものと相場が決まっている。データベースにしろ、自分で項目を選び、入力あるいは修正を延延と続けなるしかないじゃないか。人のつくったデータベースに満足できた例がない。メーラーやオフィス・スイート、スケジュール帖にある住所録を使ってみて、何の不満もなく使い続けられる人がいるだろうか。各種メディア・プレーヤーも、誰もが少少の我慢をしながら使っているのではないか。昨今、調査を外注することも珍しくないが、注文主が木目細かな指示を与えなければ、果たして分析結果がどれほど有用だろうか。

その割りに、自分で作ったテキスト・ファイルは何かと便利だったりする。内容をある程度覚えているせいもあるが、工夫された整理方法や目的に合った見せ方が整っているのが大きい。

ネットで手に入れる情報は、自分が再加工して溜めてゆく素材でしかないし、また、素材としても一部分でしかない。そんなものだよな。

今日は、そんなことを暫く考えた。